エグゼクティブプログラムも研究者と実務家の領域を跨ぐグローバルアライアンスの時代へ

ビジネススクールも国際連携の時代

現在、世界規模で企業連携が加速しているように、ビジネススクールの世界でも相互補完が起きています。しかし、教員や学生の人的交流、共同研究、単位交換といった連携にとどまっており、必ずしも優れた実務家の実践知、経験知がダイレクトに反映されている訳ではありません。

逆風下の変革リーダーシップ養成講座(以下、GRLP)の強みはそこにあります。たとえば、日産リバイバルプランや中国市場参入においてキープレイヤーとして活躍した人たちが、実はこうだったんだ、こういうことがあったということを話してくれる。日産リバイバルプランはすでに出版物や論文などでその成果が纏められていますが、文章として編集され、一般化されすぎた部分をキープレイヤーの生の声と視点が補ってくれるのです。さらにGRLPは、日産自動車が経験したルノーとの国際提携、EVなどの新規事業に関する経験知、実践知についても同様のアプローチで探求していきます。早稲田ビジネススクールの研究者と、アメリカからはペンシルバニア大学ウォートン校、ヨーロッパからはIMDの研究者が同じ目的に向かって協働しながら、日本のエグゼクティブ向けにトレーニングを提供しています。実務とアカデミクス、日本と欧米という複数の境界を超えたユニークなプロジェクトなのです。これは、通常のビジネススクールでは簡単に真似することができないGRLPの特徴であり強みです。

“カルロス・ゴーン”は生きたロールモデル

私は国際ビジネスが専門ですが、とりわけ文化的背景が異なる環境下でのリーダーシップやマネジメントを研究する「異文化マネジメント」という少し変わった分野を専門としています。その意味では、カルロス・ゴーン氏はまさに生きたロールモデルです。

彼が生きたロールモデルであるという認識は、ペンシルバニア大学ウォートン校のジテンドラ・シン教授(GRLP設立当時;後に香港科学技術大学(HKUST)ビジネススクール学長)にとっても、IMD学長だったドミニク・トゥルパン教授にとっても同じです。彼らがGRLPの起ち上げに参画してくれた理由のひとつは、間違いなくカルロス・ゴーン氏というカリスマ的なロールモデルがいたからです。

日本に来た外国人で、ここまで日本の企業を変革し、成功をもたらしたのはカルロス・ゴーン氏が初めてでしょう。日産自動車を変えた、というだけでなく、ルノーとの化学反応を起こすことで、両社をグローバル市場で大きく成長させました。そこに三菱自動車が加わった今、ルノー・日産・三菱のグローバル販売台数は、最新のデータではトヨタ自動車やフォルクスワーゲンを上回っています。これは本当にすごいことですし、彼の持っているリーダーシップには、明らかに日本人が今後グローバル市場で競争していくうえで必要な要素があります。

日産財団からの打診 GRLPの立ち上げ期

ところで、最初にGRLPのお話をいただいた頃、私はあるモヤモヤ感を抱えていました。1999~2001年にかけてマサチューセッツ工科大学(MIT)で在外研究をしていたのですが、帰国後の日本に時代精神(Zeitgeist)のギャップを感じていたのです。新興市場さらにはBOPが重要視され世界が大きく変動するなか、日本だけが20世紀のJapan as No.1の成功パターンのままでいる。これが日本の弱点だなと感じてました。

そんなところに、日産財団の志賀俊之理事長から、カルロス・ゴーン社長が日本の21世紀を切り開くビジネスリーダーの開発に強い想いをもっている、協力してくれないかというお話をいただきました。そのとき私は早稲田大学のビジネススクールの最高責任者そして大学の常任理事(副学長)の激務から解放され、ようやく本来の研究教育活動に戻る直前でした。早稲田ビジネススクールを再編し、また副学長としても世界のビジネススクールの学長たちと強いネットワークを形成していたので、何というセレンディピティだろうと思いました。

カルロス・ゴーン氏ほどの人物となると、私が「興味があるのでお話を聞かせてください」と訪ねたとしても簡単に会えるものではありません。でも、このプロジェクトは日産財団からのオファーであり、私自身の問題意識とも見事に合致しているものでした。これほどエキサイティングなセレンディピティはないでしょう。私は即座に「それは面白いです、是非やりましょう」と返事したのです。

個人的なネットワークと組織的な関係が化学反応を起こした

夏目漱石ではありませんが、“事実は小説よりも奇なり”です。GRLPプロジェクトが実現するまでのセレンディピティは、まさにその連続としか言いようがありません。

日産自動車と早稲田大学の関係性

日産自動車と早稲田大学は、GRLPプロジェクトが始まる以前から親交がありました。2004年から数年間、年ごとのテーマに基づいて日産自動車の社員と学部学生が議論するというユニークなプロジェクトを実施していたのです。私のゼミからも4年生を中心に参加していました。その後、日産・早稲田包括協定の早稲田側責任者を私が務めるなどの縁もあって、志賀さんから相談を受けたのですが、それだけでは現在の形にはならなかったでしょう。日産自動車と早稲田大学の連携に、ウォートン校やIMDが加わってはじめて今のGRLPの姿があるからです。

ウォートン校やIMDとの密接な関係は私のそれまでの研究教育活動の中で積み上げてきた結果でした。その個人的なネットワークが日産財団からの話と遭遇して大きな化学反応を起こしたわけです。

グローバルプロジェクトによって得られたウォートン校とIMDとのつながり

この2つのビジネススクールとの縁は、ヨーロッパとアジアという異なる場所を舞台にした2つのグローバルプロジェクトから始まりました。偶然にも、2004年に私が早稲田大学商学研究科長になったときのことです。

ひとつは、日本市場に参入するEU企業のビジネスパーソン向けに、日本でビジネスをしていくためのトレーニングをする人材育成プログラム European Union Executive Training Programme(EU ETP)をEUから受注し、約10年間総責任者として組織運営したことです。

もうひとつは、シンガポールのナンヤン理工大学とダブルMBAプログラムを起ち上げ、早稲田ビジネススクールの教員がシンガポールで講座を教えることになったことです。1997年にシンガポールは、Global Schoolhouse Programmeという国家戦略プロジェクトをスタートし、世界のリーディングユニバーシティを招致していました。早稲田大学も日本から唯一の大学として参加することになり、その責任者となりました。偶然にも、私はMITの客員研究員としてシンガポール・エアラインやシンガポール・テレコムなどシンガポールの政府関連会社(GLCs; Government Linked Companies)を中心とする地場企業の国際化について研究しており、シンガポールのことをよく知っていました。そのため、当時の白井克彦総長から適任だと思われたようです。

そして、これらEU ETPならびに早稲田・南洋理工大学ダブルMBAプログラムという2つのグローバルプロジェクトのオペレーションの中にウォートン校とIMDのキープレイヤーがいたのです。一人は南洋理工大学ビジネススクールの学長としてウォートン校からヘッドハントされた直後のジテンドラ・シン教授であり、もう一人がEU ETPの欧州側関係者で後にIMD学長になったドミニク・トゥルパン教授でした。

この2つのプロジェクトはほぼ同時に2004年に始まりましたので、当時は「えらいことが起きたな」と思いました。同時に、これはものすごいチャンスだとも感じました。まさしくレジリエンスの連続でした。そして、日産自動車とはまったく接点のないものだったことも面白いところです。日産自動車ではカルロス・ゴーン氏が一生懸命改革をしていて、私は私なりに日本企業の将来に向けて、ヨーロッパとアジアのプロジェクトを動かしていたというわけです。結果的にGRLPのキープレイヤーとなった人々が、見えないネットワークで繋がっていたのです。でも、これがグローバル化の一つの真実であり、醍醐味でもあると私は思っています。

偶然と縁、すなわちセレンディピティによって生まれたGRLP

振り返って思うことは、ウォートン校とIMDという世界を代表する2つのビジネススクールが組織としてGRLPに集結してくれたことは、計画してもなかなかできないだろうなということです。出来上がってしまえば、いとも簡単に見えますが、これは一種のコロンブスの卵です。確実に言えるのは、GRLPの起ち上げに至る多くのプロローグがあり、その一つ一つがウォートン校やIMDにとって、日産自動車そして早稲田大学にとって、時空を超えた形で自律的に動いていたのです。だから、一気に合流できたのです。

その意味では、セレンディピティは計算してできるものではありません。個人的なネットワークと組織的な関係が化学反応を起こして、GRLPに収斂していったのです。

日本には「ボス」はいても、「リーダー」はいない

最後にグローバルリーダーについて簡単に述べましょう。日本にはボスはたくさんいても、グローバルリーダーはきわめて少ない。だから、GRLPが起ち上がったわけですが・・・。

日本では、その会社の製品が世界のマーケットシェアの5割とか7割を占めるようになると、自動的にその社長がグローバルリーダーだと言われる傾向があります。しかし、それは少し違うと思います。たとえ自社の製品が世界に大きく影響を与えているとしても、社長が日本でしか活動していなければ、世界各国のリーダーはその会社の社長のことを知らないからです。

私が考えるグローバルリーダーの要件のひとつは、各国のリーダーとフェイス・トウ・フェイスで影響しあえる、あるいは刺激を与えあうことができる能力です。こうした能力が今日のグローバルリーダーの資格要件であることは疑う余地がないですし、日本社会もこのことを直視すべきときが来たんだと思います。

ドイツの哲学者ショーペンハウアーは “Talent hits a target no one else can hit. Genius hits a target no one else can see.”(有能な人は他の人が射ることができない的を射る。天才は他の人が見えない的を射る。)と言っています。私はゴーンさんは決して天才であるとは思いません。しかし、彼は世界のあちこちに行って、さまざまなモノ、コトを好奇心をもって観察し、分析し、感じることで自らの能力として常に埋め込んでいます。これは簡単なことではありませんが、決して不可能ではありません。だから、ゴーンさんにはEVの普及の進度、あるいは中国市場やインド市場の台頭のインプリケーションについて、他の人には見えないものを見ることができるのだと思います。

ショーペンハウアーの時代には到底知りえることができなかったグローバルレベルでの事実、現象、ニーズなどなどを、いまの時代はAI、IoT、高速ジェットといったテクノロジーの恩恵、そして、より重要なのは相手に顔の見える国際コミュニケーションをし続けることによって、天才でなくても見ることができるようになります。このように考えていくと、グローバルビジネスリーダーとは企業や産業そして社会の先行きを不断の学習、発見、創造的想像力を駆使して、自分で探すことができる人、自分の組織や自分自身を進化させることをエンジョイできる人だと言えそうです。

それを実践するためには必然的に様々な国や文化に深く関わる必要があります。日本とは違う国、違う文化に積極的に関与してみてください。地域が変われば、考え方も違いますし、理解できないこともたくさんあります。また、文化を超えるということは、予想もしない挫折感にぶつかるということでもありますが、それをうまく処理する能力は“グローバル・レジリエントリーダーシップ”の基盤となるからです。

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太田正孝(博士(商学))
早稲田大学商学学術院教授(国際ビジネス、異文化マネジメント)
社会人教育事業室長、エクステンションセンター所長、WASEDA NEO Managing Director
アジア・サービス・ビジネス研究所長
早稲田大学第一商学部卒業。同大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学。早稲田大学商学部助教授、同学部教授を経て現在に至る。Academy of International Business日本支部代表幹事、国際ビジネス研究学会常任理事、大学基準協会経営系専門職大学院認証評価委員長・同基準委員長、日本経済学会連合事務局長、マサチューセッツ工科大学客員研究員、IMD客員教授、ケンブリッジ大学客員研究員、早稲田大学大学院商学研究科長(Waseda Business Schoolを含む)、早稲田大学常任理事(教務、国際担当)等を歴任。主な著書などに『カルロス・ゴーンの経営論』(日本経済新聞出版社)、『文化を超えるグローバルリーダーシップ』(中央経済社)、『異文化マネジメントの理論と実践』(同文舘出版)、『多国籍企業と異文化マネジメント』(同文舘出版)『インド・ウェイ 飛躍の経営』(英治出版)、『国際ビジネス入門』(中央経済社)、『ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門』(日経BP)、などがある。
「逆風下の変革リーダーシップ養成講座」(GRLP)の立ち上げに参画。

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